大分縣護国神社の境内を案内します。
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境内のご案内

境内配置図

■満蒙開拓義勇軍

昭和13年満蒙(満州・蒙古)の地へ、開拓のため銃と鍬とを取って農作業、軍務に励む青少年義勇軍が組織され、派遣されました。開拓の父といわれた加藤寛治の歌「さし昇る朝日と共に鍬取りて磨け益良夫義勇軍」が揮ごうされています。



■展望台

当社の北展望台からは大分市街地や臨海工業地帯が一望できます。別府、国東半島、天気の良い日は遠く四国も望むことができます。



■西南の役軍人墓地

展望台、豊後梅の梅林の奥に、明治10年の西南の役に際し戦死をされた軍人214柱の墓地があります。青森、秋田、福島等他県の軍人が多く、みたまたちは護国神社のご祭神として祀られています。表参道百段の横には103柱が鎮まる警察官墓地もあります。



■招魂齋庭

創建当初本殿があった場所です。現在でも、浄闇の中、合祀祭が執り行われます。



■授与所

参拝者にお受け頂く神札、お守りが並べられています。御祈願の受付も行われ、社務所の窓口です。



■手水舎

参拝に際し手を清め、口をすすぐ手水鉢が置かれています。手水鉢には「」(ぎょうじゃく)の文字が刻まれています。「」(ぎょうじゃく)とは易教の中の觀に書かれており、神を拝む前の心身を清めた厳正の状態、斎戒沐浴の意を表す言葉です。明治8年招魂社創建に際し初代県令森下景端寄進の手水鉢に揮毫された文字を複製し刻んだものです。



■社殿神楽殿

地元牧地区の地権者からの境内地の寄付を受け、県民の浄財、勤労奉仕により現在の社殿が完成、昭和18年10月28日遷座祭が執り行われました。



■参集殿

祭典後の直会や各種研修会の開催など幅広く対応できます。



■行幸啓記念碑

昭和41年10月22日、大分国民体育大会開会式に行幸啓なられた、昭和天皇、香淳皇后両陛下には、御親拝の後、この地に立たれ、新産都工業地帯、市街地を御展望になられました。



■古札納所

古い御札、お守りを納めるお社です。御祓いをして、お焚き上げをします。



■言霊記念館

御祭神が残された遺書や手紙を掲示してあります。国を守る為に散っていった御英霊のこころを未来に伝えます。写真展示やビデオ上映も行われています。入館無料です。



■慰霊碑

大分県関係戦没者の慰霊塔を中にして、右に元歩兵47聯隊戦没者慰霊の「軍旗の碑」、左に大分県出身予科練戦没者慰霊の「鎮魂の碑」が建っています。



■スロープ

身体障害者の方でも参拝しやすいように、各所にスロープを設置しています。



■身体障害者

近年急増している車イスで参拝される方々への利便を図るため、車椅子で利用できるトイレです。



■大絵馬

たて3メートル、よこ5メートルの九州最大の大絵馬です。毎年の干支を描きます。



■大破魔矢

高さ18.8メートルある日本一の大破魔矢です。あなたの日本一の夢を願ってください。
(大絵馬・大破魔矢とも設置期間は年末から三月末までです)



■プロペラ

九六式陸上攻撃機のプロペラです。春日建設(株)(大分市)が戦後保管されてましたが当社に奉納されました。

令和元年6月30日 夏越大祈願